
ラジオでも毎週水曜にやってた『夜、数寄者の夜』シリーズの一回目のいちばん最初にかけたっけな。星百個。すげーかっこいいよ。
Lafayette Afro Rock Band – Darkest Light

ここ数ヶ月、史上最悪な出来事に巻き込まれたり、フクオカシティにマックを持って帰ってきていないこともあって何もアウトプットできない状態が続いていた。仕方なく打ちにくいアイホンのキーボードでずっとテキストを書いたりしているわけだが、フレッシュな感動が身体に残響しているうちにシェアしておきたいものがある。「コメットバスのパンク・ロック・ラヴとは」。さる淑女に教えてもらった途轍もない衝撃を受けた散文詩。今からお届けするのは特に深く感動した箇所の抜粋。耳かっぽじって聴いてくれ。
パンク・ロック・ラヴとは、
ライブ会場のすぐ近くにあるゴミ箱の物陰でファックすること。
ゴミ捨て場で見つけた野菜を持ち帰り、ごちそうを作ること。
同じ曲の同じ箇所を暗唱できること。
同じ元彼女がいること。
パンク・ロック・ラヴとは、
ライブハウスの外で彼女と待ち合わせ、彼女に一緒に帰ろうと云われたり、ぶっとばすと云われること。
そして、一緒に帰ったにもかかわらず、結局はぶっとばされること。
バイクにふたり乗りすること。
何も気にせず大騒ぎすること。
だらしなくてたのしい一週間が続くこと。
パンク・ロック・ラヴとは、
ひどく酔っ払った彼女の靴ひもを結んでやること。
誕生日にガムテープ十本をプレゼントされること。
パンク・ロック・ラヴとは、
あなたに会うために彼女が真夜中の公園をうろついていること。
花を食べたせいで舌が腫れてしまった彼女のために、中毒センターに電話すること。
デートでコインランドリーに連れて行くこと。
寝袋をシェアし、真夜中に凍えながら目を覚ますと、彼女がドライヤーで身体を温めていること。
パンク・ロック・ラヴとは、
あなたが飲むコーヒーと同じくらいに、よくお酒を飲む彼女に出会うこと。
ふたりともファンジンをつくっていること。
ふたりとも文無しであること。
彼女のボーイフレンドを怒らせること。
彼女と一緒に歩き回り、幸せで誇りに満ちた気分になること。
一緒に悲しむこと。
ひとりきりで悲しむこと。
いなくなってしまった彼女を思いながら。
パンク・ロック・ラヴとは、
ファーストキスとほぼ同時にヴァージンを失うこと。
フリーウェイのそばにある茂みの中でいちゃつきながら、後に通り過ぎていく車からは丸見えだったことに気づくこと。
一緒に荒地を探検すること。
非常口の外で手をつなぐこと。
裏庭の芝生の上で寝っころがること。
誕生日に軒先のポーチでテキーラを飲むこと。
彼女は誰よりもクールだと思うこと。
この名訳は、チームキャシーさんによるもの。ジンの一冊目の真ん中辺りに書かれてあった。当然その場で全冊買ったよ。最後のところだけ伝わりやすいようにバンド名の「ラモーンズ」から「誰よりも」に変えてあります。
しばらく忘れかけていた感覚。ものすごいエネルギーをもらったよ。

中洲の錆びれた映画館の前で朝日を浴びながら掃除をしていた女の子がいた。たぶん同い年くらいかちょっと下。とても幻想的な雰囲気をたずさえていて思わず足を止めてジッと魅入ってしまった。何か希望を亡くしてしまって人生に諦めかけているようなとても寂しい背中。でもそれと同時に神聖で神々しい感じがする。その様子に激しく惹きつけられてしまった。そこにいるだけで映画のシーンが成立する佇まい。自分まで映画の登場人物になったような錯覚さえ覚えた。こんな雰囲気を纏った女の子は初めてだった。映画より映画な不思議な空間がそこにはあった。彼女は眈々とホウキを掃き続ける。お互い声もかけず目を合わせることもなくすれ違ってその場を通り過ぎていった。
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エンニオ・モリコーネはこんな映画音楽も残していた。一般のモリコーネ・ファンには驚きのサウンドかもしれない。ブレイクビーツ=元ネタとしても使えるし、レア・グルーヴ的な見地からの評価が鰻登りになっていくのではないかと推測する。ほとんど識っていると思っている音楽家にも埋もれているグルーヴは星の数ほどあるという良い例だ。こういうグルーヴと出逢った時の方が新譜として出ているものよりも断トツで感覚的に新しく、飛ばされてしまう。次に来るメロディやリズム、特に音色の予測がつかないことと関係しているのだと思う。何十年前に産み落とされた音楽であろうと心の中に新鮮な響きをもたらしてくれるのであればそれは自分にとってのすなわち未来だ。音楽は識り過ぎるということはない。どうやっても取りこぼしがある。ただひたすら掘り続けるだけだ。
Ennio Morricone – Guerra E Pace, Pollo E Brace